無いドラえもんの回「アルケミー」

 夏休みのある日、のび太ジャイアンスネ夫の3人は暇を持て余し裏山へツチノコを探しに行く。当然見つからず諦めて帰ろうとした時、スネ夫が素早く動く何かを見つける。草むらの中をガサガサと進むそれを追いかけ、ついに捕まえるが、それはただの白うさぎだった。
 いつの間にか深い森の中まで入り込んでいた3人は、帰り道が分からず彷徨ううちに古い洋館を見つける。怖がるのび太スネ夫に対し、面白がるジャイアンは館の中を探検しようと提案する。
 外観に反して洋館の中は異常なほど美しい。そこには誰も住んでおらず、建てて間もない新築のように見えるが、ソファやテーブルなどの家具が一式置いてある。館の中にはさらにおかしな点がいくつかあった。一番広い部屋の奥に3つの扉が並んでいるが、どれも内側に開き、向こう側は一面を壁が塞いでいる。扉としての用をなしていない。また、その建物には何故か2階に上がる階段が無い。そしてなにより、3人ともその建物を初めて訪れるのに中にいると妙に懐かしく落ち着いた気持ちになるのだった。(洋館でのシーン中、老人の顔が1フレームだけ挿入されている。所謂サブリミナル手法であり、コマ送りしないと確認できない。老人は顔の特徴からのび太であるとされている)
その日から森の洋館はのび太たちの秘密基地になる。漫画を読んだりスネ夫のゲームで遊んだりしてのんびりと過ごす。時にはしずかが来てヴァイオリンの練習をした。夕方になって館から出る時、とても長い時間を過ごしたように感じるのだった。
 館に通い始めて1週間ほど経った頃、のび太は館のすぐ外に黒い鼠の死体を発見し、館の裏に埋葬してやる。翌日、白い鼠の死体を発見し、これも館の裏に埋める。それから毎日、館の外では黒鼠と白鼠の死体が交互に見つかるようになる。館の壁に齧ったような痕が残っていることから、鼠は館の壁を齧りそれから死んでいるようだった。鼠はどこから来ているのか、なぜ館の壁を齧るのか、何が原因で死んでいるのか。全く不明だったが、のび太は鼠の死体を見ると激しい焦りを感じ、大急ぎで埋葬するのだった。
ある日、のび太は館に向かう途中にしずかを誘おうとと家に寄る。しかしその日、飼い犬が病気で死に、しずかは涙に暮れていた。悲しむしずかに何もしてやれないのび太。突如、のび太は犬の死体を抱きかかえて走り出す。しずかは困惑しつつ後を追いかける。辿り着いたのは森の洋館だった。のび太は犬を抱えて館に入る。一体何をするつもりなのかとしずかが問いかけた次の瞬間、犬が息を吹き返した。泣いて喜び犬を抱きしめるしずかをよそに、のび太は窓の外を凝視していた。黒と白の鼠がこちらを覗いている。半狂乱になって外に飛び出し鼠を叩き潰すのび太。不安そうな顔で様子を見にきたしずかに「なんでもない」と笑いかけた。
 しずかの犬は森の洋館の中で飼うことになる。試したわけではないが、館の外に出したら犬は再び死ぬという確信がのび太にはあった。
 ここで突然場面が大きく変わる。成人したのび太の姿が映され、早送りでのび太の人生の時間が過ぎてゆく。大学生ののび太、社会に出て働くのび太、しずかと結婚式を挙げるのび太、子供の誕生に涙するのび太、家から巣立つ息子を見送るのび太、年老いたのび太としずか、やがてのび太は先に逝くしずかを見送り…。(このシーンではRadioheadの「Karma Police」が流れる。監督はここでの演出について、鉄拳の「振り子」に大きな影響を受けたと語っている)

 


 泣きながら部屋で目覚めるのび太。外は夕方になっている。のび太ドラえもんに「死とは何か?」と尋ねる。何も言わず、ドラえもんは自らをシャットダウンして死んでみせた。仕掛けておいたタイマーで再起動したドラえもんはこう説明する。さっきの自分はシャットダウンした時に死んでいる。再起動時にメモリを読み込んで自分をさっきのドラえもんであると思い込んでいる。肉体的な死が無いドラえもんにとって死とは記憶の喪失に他ならないが、ロボットは記憶領域確保のために定期的に不要なメモリを削除しているし使用者の都合や突然の事故によって大きく記憶が書き換えられることもある。死は揺らぎの中にあるという。そう言ってドラえもんは再びシャットダウンする。今度は自動で再起動しなかったので、のび太は起動スイッチを押してやる。目覚めたドラえもんは「ありがとう」と言った。(ドラえもんの起動音は「人形の夢と目覚め」 ファンの間では「風呂ドラ」と呼ばれている)
 翌日の朝、のび太は恐ろしいものを見つける。自分の部屋の窓の外から黒鼠と白鼠がこちらを覗いていた。眠っているドラえもんのポケットから空気砲を取り出して放つ。驚いたことに黒白の鼠には空気砲が効かなかった。窓ガラスが割れ、鼠が部屋に侵入してくる。のび太は家を飛び出す。町は黒白の鼠で溢れていた。必死で走って森の洋館までたどり着いたのび太は館の周りに群がる鼠を蹴散らして玄関に駆け込み、扉を固く閉ざす。駆け寄ってきて不思議そうな顔をする犬を横目に、のび太は泣き崩れた。
のび太が館に閉じこもって1ヶ月が経った。窓の外では大量の鼠が館の壁を齧っている。また、のび太が閉じこもり始めてから、今まで物音一つしなかった2階から人の話し声のようなものが聞こえるようになった。館の中では食事を摂らなくても生きていけたが、のび太は次第にやつれ、虚ろな目をしていた。
 目を覚ますとしずかの犬が吠えている。窓の外を見ると、しずかが立っていた。玄関の扉に向かって歩いてくる。のび太は身振り手振りで必死にこちらに来ないように伝えるが、しずかは歩みを止めない。しずかに気付いた鼠たちが一斉に襲いかかった。しずかの全身に鼠が噛み付く。しずかは苦悶の表情を浮かべつつも真っ直ぐに歩いてくる。たまらずのび太は外に飛び出した。しずかに駆け寄って鼠を払いのけ、抱きしめた。その時、開いた扉から外に出た犬が一瞬で腐敗し骨だけになる。それを見たしずかは驚きと悲しみの表情を見せるが、同時に意を決したようにのび太の目を真っ直ぐに見つめる。この館を燃やそうとしずかは言った。一瞬の逡巡の後、のび太は頷く。
燃え盛る館を見ながら、2人は泣いた。強く握り合った手を決して離さなかった。了。

エンドクレジットの曲はOasisの「Live Forever

 

 

クレジットが流れながらスライドショー形式で日常に戻ったのび太たちの姿が描かれているが、その全てに白鼠と黒鼠が映っている。